top of page

New information
新着情報!
最新のプロジェクト、イベント、お知らせをこちらでチェックして、
私たちの最新動向についてご覧ください。


陰翳録 第二十灯『叢雲の土地(むらくものとち)』
日本海側の冬は、曇りの日が多い。
ふつうに考えれば、陰気な話です。
けれど、光を扱う者から見れば、雲とは、空いっぱいに広がった、巨大な拡散板にほかなりません。
点であった太陽が、雲を通ると、空全体が、光る面に変わる。
影は輪郭を失い、どこから来ているのかも分からなくなる。―二枚目の手立てです。あの、傘のいらない薄曇りの日に、人の顔がいちばん穏やかに見えるのは、このためでしょう。
叢雲―群がり集まる雲のことを、古い言葉で、こう呼びます。
記紀に出てくる剣の名にも、この語が使われている。
昔の人が、この語に何を込めたのかは知りませんが、少なくとも、空を覆うあの雲が、この国のいちばん大きな拡散板であることは、確かです。

白社長
18 時間前読了時間: 15分


陰翳録 第十九灯『余白』
さて、私の雇う人間たちの会社は、白獅子という名です。
この名を、私は、はじめ、不思議に思っておりました。
何をしている会社なのか、名前からは、まるで分からないのです。
仕事の中身も、志も、一切、書かれていない。
近ごろは、社名やサービス名に、その会社の理念や、扱っているものを込めるのが良い、と言われることもあるそうです。
そのほうが、何をしている会社か一目で伝わり、人の共感も得やすい、と。なるほど、理屈は分かります。
そして、これは、近ごろだけの話でもありません。
昔から、~呉服店、~薬舗、~鉄工所と、商いの中身を掲げた屋号は、いくらもありました。
看板を見れば、そこで何が買えるか分かる。町を歩く人にとって、これほど親切なことはない。立派な知恵です。
つまり、名前には、二つの種類があるのだと思っております。

白社長
9月13日読了時間: 9分


陰影録 第十八灯『同じ時を、見るために』
季語、というものがあります。
俳句には、季節を表す言葉を必ず入れる、という約束事がある。
「雪」なら冬、「月」なら秋、「花」なら春。
この一語が入っていなければ、句として成立しない、とまで言われます。
十七音のうちの、貴重な数音を、季節の指定に使わねばならない。
ずいぶん窮屈な決まりだ、と私などは思います。
なぜ、そんな規則ができたのでしょう。
風流を尊んだから、でしょうか。
私の雇う人間たちに調べさせてみたのですが、少し意外に思いました。
理由は、ニゃんと、もっと、実務的だったのです。

白社長
9月3日読了時間: 9分


陰影録 第十七灯『萌え出づる』
千三百年ほど前の、ある春の日のことです。
志貴皇子という人が、水辺を歩いていて、足を止めました。
岩の上を、雪解け水が、勢いよく流れ落ちている。そ
の傍らに、蕨が、ちいさな拳を握るような形で、芽を出していた。それだけのことです。
それだけのことを、この人は、三十一文字にしました。
石走る垂水の上のさわらびの萌え出づる春になりにけるかも
―岩をほとばしる滝のほとりに、蕨が萌え出ている。ああ、春になったのだなあ。
万葉集の巻八、四季ごとに編まれた、その春の巻の、いちばん最初に置かれている歌です。詞書には「志貴皇子の懽(よろこ)びの御歌一首」とある。
よろこびの歌、と、わざわざ断ってある。

白社長
8月23日読了時間: 12分


陰翳録 第十六灯『わたつみ・後』
このほか、この時期には、遠い台風が押し送る土用波が高くなり、クラゲも増えます。
つまり「盆を過ぎたら海に入るな」は、伝承の衣をまとった、実に正確な警告だったのです。
ここで、私が、感心するのは、その伝え方です。
「この時期は、離岸流の発生する条件が整いやすく、遊泳には十分な注意が必要です」―正しい。
まったく正しいのですが、これを聞いて、海をやめるでしょうか。素直にうなずくでしょうか。おそらく、「まあ、大丈夫だろう」と言って、入っていく人もいます。
ところが、「引かれるぞ」と言えば、届く人もいる。
第十一灯で、私は、洪水の戒めを天狗の物語に包んだ、昔の人の知恵について書きました。あれと、まったく同じ手つきです。目に見えない危険に、「引く者がいる」という、目に見える姿を与える。海の底知れなさに、「わたつみ」という神の名を与えたのと、根は、一つです。
人は、名と、物語という取っ手を付けることで、はじめて、恐ろしいものを、子や孫に手渡せるかたちに、変えることができた。

白社長
8月15日読了時間: 10分


陰影録 第十五灯『わたつみ・前』
私たちが「海」と眺めている水面は、この巨大な暗黒の、薄皮一枚にすぎません。
そして、その闇へ、みずから潜っていく者がいる。鯨です。体長十八メートルのマッコウクジラは、真っ暗な深海へ、千メートル、時に二千メートルより深く潜り、一時間半も息を止め、超音波でダイオウイカを探して狩る、地球最大の歯を持つ狩人です。

白社長
8月14日読了時間: 10分


陰翳録 第十四灯『風に名を付けた人』
伝え方というのは、その時代と、その仕事のやり方に合わせて、変わるもの。
昔が良くて、いまが悪い、という話では、ないのだと私は思うわけです。
昔の人が、風に二千の名を付け、「かはたれ」と「たそがれ」を言い分けたのは、彼らが風雅だったからではなく、そうしなければ、生きていけなかったから。
いまの人間が、短い文字で用件だけを送るのも、そうするのが、いちばん確かで、速いから。どちらも、その時々の必要が、こしらえた形にすぎません。
ただ、一つだけ、思うことがあります。
言葉の数というのは、その時代の人が、世界のどこを、どれだけ細かく見分けていたか、その目盛りなのだ、と。
風に二千の名があった時代の人は、風を、二千に見分けて生きていた。
そう思えば、いま人間たちが画面で交わしている、あの、そっけないほど短い文字の連なりも―五百年後の誰かが見れば、「この時代の人は、こんなところを、こんなに細かく言い分けていたのか」と、目を丸くする、立派な化石になるのかも知れません。

白社長
8月11日読了時間: 11分


陰翳録 第十三灯『太鼓の音(ね)』
―ここまで来て、私は、私の雇う人間たちが、日ごろ騒いでいる、あの言葉を、思い出しました。「メタバース」や、「SNS」です。
聞けば、遠く離れた者どうしが、めいめい、自分の分身をまとって、一つの場所に集い、名も、素性も伏せたまま、繋がる仕組みなのだとか。
それなら、盆踊りは、その、はるかな大先輩ではありませんか。
顔と名を消して、めいめいの「私」を脱ぎ捨て、言葉ではなく、同じ振り・同じ拍子という、身体の同期だけで、見ず知らずの者どうしが、一つの大きな輪に溶け合う―そういう仕組みは、櫓を囲んだ大昔から、とうに、あったのです。

白社長
8月9日読了時間: 11分


陰影録 第十二灯『迎えの支度』
そもそも、お盆とは、何だったのか。
もとをたどれば、お盆は、仏教の「盂蘭盆会(うらぼんえ)」という行事です。
その名は、サンスクリットの言葉に由来し、「逆さ吊りの苦しみ」を意味する、と伝えられます。

白社長
8月8日読了時間: 11分


第十一灯『忘れない、を祀る』
人というのは、何かを、あとに残さずには、いられない生きものです。
石に刻み、絵に描き、かたちにする。
その多くは、美しさや、楽しみのためでしょう。
けれど、なかには、そうではないものが、あります。
まだ会ったこともない、遠い未来の誰かに、どうしても、これだけは、伝えておきたい―そういう、切実な願いを込めて、残されたものが。
とりわけ、大きな災いの、記憶です。
災いの記憶というのは、放っておくと、時とともに、薄れていきます。
人が悪いのではありません。
年月が経ち、代が替われば、どんな鮮やかな記憶も、自然と、遠くなっていく。
それが、時の流れというものです。
昔の人は、この、避けようのない「薄れ」と、静かに、長い戦いを、続けてきました。今日は、その、いじらしい工夫の話を、しようと思います。

白社長
7月26日読了時間: 10分


第十灯『式神(しきがみ)』
ところが、私の雇う人間たちが作ろうとしているのは、それとは、まるで逆のものでした。
わざと、人間に近い、不完全な者を作ろう、というのです。
感情的で、疲れると力を出せず、こちらの物言いひとつで、反応が変わる。
とにかく、手のかかる相手を。
なぜ、そんな手のかかるものを、わざわざ作るのか。

白社長
7月19日読了時間: 11分


第九灯『まれびと』
さて、私の雇う人間たちが、いま作っているものの話です。
彼らは、実在する街や工場を、そっくり写し取って、画面のなかに双子をこしらえる「デジタルツイン」を、時おり手がけます。
本物はそこにあるのに、その双子が、遠くの人のもとへ、やって来る。
さらに彼らは、「メタバース」というものも作る。
こちらは、もっと不思議です。
そこには、実在しないものも、過去に消えたものも、まだ来ぬ未来のものも、そして、人の頭のなかにしかない幻さえも、呼び出して、訪れさせることができるのだといいます。
遠い場所だけではない。
過ぎた時も、来ぬ時も、心のなかの景色までもが、人のもとへ、やって来る。

白社長
7月19日読了時間: 12分


第八灯『音づれ ―』
夏の盛りというのは、猫にとっても、実に厳しい季節です。
私はただ、いちばん風の通る廊下を選んで、腹を出して、伸びているだけ。
あとは、日が傾くのを待つばかりです。
ところが先日、そうして伸びておりましたら、軒先で、ちりん、と音がしました。風鈴です。人間が吊るしたのでしょう。
―そして、妙なことに、その音を聞いたとたん、ほんの少し、涼しくなったような気がしたのです。

白社長
7月14日読了時間: 11分


第七灯『火を、花に』
夏の夜、遠くで、どん、と腹に響く音がします。
私は、大きな音があまり好きではありません。だって、猫ですから。
雷の夜などは、家具の隙間などで丸くなっているくらいです。
けれど、あの音だけは、なぜか、そっと窓辺へ足が向く。
人間たちが縁側に出て、夜空を見上げて、息をもらす。
花火です。
闇のなかに、一瞬だけ、大きな光の花が咲いて、そして、跡形もなく消えていく。

白社長
7月12日読了時間: 9分


第六灯『ミツバチの踊り』
「一匹の働き蜂が、遠くの花畑を見つけて巣に帰ってくる。
すると暗い巣の中で、仲間に囲まれながら、お尻を激しく振って、8の字を描くように歩きまわる。
この「8の字ダンス」こそ、『花のありかを告げる、蜂の言葉』」
なのだそうです

白社長
7月6日読了時間: 10分


第四灯 俤(おもかげ)
XR、メタバース、デジタルツインと人は新しい言葉で呼びますが、その手のなかにあるのは、万葉の歌人が握っていたものと、同じ祈りなのだと思います。
形のないものを、確かにここに在らせたい、という。

白社長
6月30日読了時間: 10分


第三灯『白き社長~肩書は幻想』
社長、部長、責任者―そうした名は、その人自身というより、その人の上にそっと載せられた、一枚の面のようなものです。
そして面というものは、ただの飾りではありません。
ひとたびそれをかぶれば、まわりの目がそこへ集まり、判断が求められ、責任が寄せられてくる。面とは、重さの集まる場所なのです。
だからこそ人は、その面を軽々しくはかぶれない。かぶった以上は、集まってくる重さを引き受けねばならないからです。

白社長
6月27日読了時間: 11分


第二灯『はじまりの仮想現実』
仮想現実―バーチャルリアリティという言葉は、つい近頃のもののように響きます。
眼前に立ち上がる三次元の世界、頭にかぶる装置、計算機の生み出す光の風景。
けれど、目の前にないものを心のなかにありありと立ち上げ、あたかもそこに在るかのように畏れ、祈り、もてなす―その営みそのものを仮想現実と呼ぶのなら、人はそれを、装置を持つよりも、文字を持つよりも、はるか以前から行ってきたのだと思うのです。

白社長
6月27日読了時間: 11分


第一灯『梅雨の付喪神』
店の天井も壁も漆喰の白で、本来なら明るくあるべきはずのものを、灯りはわずかな白熱灯の、ほのかな赤みだけに任せて、わざと薄暗く沈めてある佇まい。
その薄暗がりのなかに、古い食器やこまごまとした小物が、半ば影に没しながら並んでいます。
ところが、ただ一方の窓からのみ、雨を透かしてきた蒼い外光が、まるで遠慮でもするように、そっと忍び入ってくる。
すると、その光の届く一隅だけが、ほのかに濡れたように浮かび上がり、あとは深い影のなかへと、光は溶けていきます。
この、明るみと暗がりとの、なんとも言えない曖昧な境目のあたりに、私は美を覚えます。

白社長
6月27日読了時間: 8分


陰翳録をはじめるにあたって ― 「第一灯 / 付喪神」掲載前に
「陰翳録」技術は、未来へ人の思いを伝える新しい器のひとつにすぎません。
けれど器が新しくなったからといって、そこに込めるものまで、新しくなければならない理由はないと私たちは考えています。

白社長
6月27日読了時間: 6分

XR / Metaverse & 3DCG
bottom of page