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陰翳録 第二十二灯「まつりごと」

11 分前
読了時間: 7分

十月のはじめ、私の雇う人間たちが、仕事で島根へ出かけました。

用事を済ませた帰り道、せっかくだからと、出雲大社へ立ち寄って、お参りをしてきたそうです。 帰ってくると、人間の一人が、こう申しました。「十月の出雲は、神在月だからね。全国の神様が、集まっているんだよ」。

私はといえば、出雲にも、神々の集まりにも、縁がありません。 ただ、その話を聞いて、一つ、気になったのです。 十月は、ふつう、神無月と呼ぶのではなかったか。神様がいない月と、神様がいる月。同じ十月が、土地によって、正反対の名で呼ばれている。

―人間たちが、帰ってから、あれこれ調べて、教えてくれました。

今日は、その話をします。


まず、よく知られた言い伝えから。

昔の暦の十月、日本じゅうの八百万の神々が、出雲大社に集まり、人と人とのご縁について話し合われる。これを「神議り(かみはかり)」と呼ぶそうです。 そのあいだ、ほかの土地からは神様が出払ってしまうので、神無月。 神々が集う出雲だけは、神在月。―出雲の人々は、この月を、昔から、そう呼んできました。 神在祭に拠る。国土交通省・観光庁の多言語解説文データベースを参照 https://www.mlit.go.jp/tagengo-db/R3-00191.html

神々の到着の仕方にも、言い伝えがあります。

昔の暦の十月十日、夕暮れどき。神々は、海から出雲へやって来て、大社の西にある稲佐の浜に上陸するのだそうです。 その道案内をするのが、「龍蛇(りゅうじゃ)さま」と呼ばれる、海の生きもの。 浜では、神職がかがり火を焚き、神々の宿る依り代を設けてお迎えし、そこから行列を組んで、大社へご案内する(同上)。

海の向こうから、神々が、浜へ寄り来る。―第十五灯で、私は、海から寄り来るものを「えびす」として迎えた浜の人々のことを書きました。 出雲の人々もまた、海の彼方からの訪れを、かがり火を焚いて、浜で待っていたわけです。

送り出す側にも、習わしがありました。

ほかの土地では、出雲へ旅立つ神様のために、餅や赤飯を用意して、道中のお弁当としてお供えした。出雲への手土産に、団子をこしらえる土地もあった。夜遅くまで太鼓を打ち鳴らして、旅立つ神様を見送る風習もあったそうです。 神送りに拠る。JAL「SKYWARD+」の解説を参照 https://skywardplus.jal.co.jp/plus_one/calendar/kannazuki/

私は、ここが、いちばん好ましい。

神様に、お弁当を持たせる。手土産を持たせる。太鼓を叩いて、見送る。―まるで、遠くへ出かける身内を送り出すようではありませんか。 畏れ敬う相手でありながら、その旅の腹具合まで気にかける。 この、近しさと敬いの同居は、前の灯で書いた、あの白狐の前で人が背筋を伸ばしつつ、どこか愛らしく思う心持ちと、よく似ています。

もっとも、神様が出払った土地も、まるきり空っぽになるわけでは、ないそうです。 金毘羅さまや諏訪明神のように、出雲へは出かけず、土地の留守を預かる「留守神さま」もおられるのだとか。 留守神に拠る。キナリノの解説を参照 https://kinarino.jp/cat8/33809  土地によっては、えびす様がその役をつとめる、とも伝わります。 全員で出かけてしまっては、誰も困ったときに頼れない。ちゃんと、留守番がいる。―ずいぶん、よく考えられた仕組みです。

ところで、人間たちが調べてくれたなかに、一つ、たいへん面白い話がありました。

神無月という名の由来は、じつは、はっきりしていないのだそうです。 「無」の字は、昔の言葉では「の」にあたり、もとは「神の月」―神を祀る月、という意味だったのではないか、という説がある。雷の鳴らなくなる月、「雷無月(かみなしづき)」が転じた、という説もある。神様が出雲へ出かけて留守になる月、というのは、そうした説のなかの、一つの言い伝えなのだそうです。 神無月の由来に拠る。小学館HugKumの解説を参照 https://hugkum.sho.jp/639903 

つまり、名前が先にあって、物語は、あとから、その名に寄り添うように育っていったのかもしれない。 神の月、という名を聞いた人々が、神様はどこにおられるのだろう、と考え、出雲へ集まっておられるのだ、という物語に行き着いた。―第十九灯で書いたとおり、名前というものは、付けた人の手を離れて、思いがけない物語を呼び寄せることがあるようです。

そして、人間たちが、少し決まり悪そうに教えてくれたことが、もう一つあります。

神々が出雲に集まるのは、昔の暦の十月。昔の暦と、いまの暦とは、ひと月から二月ほど、ずれているのだそうです。 いまの暦に直すと、神々が稲佐の浜に上がられるのは、例年、十一月から十二月のはじめにかけて(前掲の解説による)。

――ということは、です。

十月のはじめに出雲へ参った人間たちを、迎えたのは、まだ、いつもの出雲だった。 全国の神々は、それぞれの土地で、出雲へのお弁当を、まだ待っておられたころ、というわけです。

人間たちは、少し笑っておりました。 けれど、私は、それで何の不都合もなかったと思います。

出雲大社には、大国主大神が、いつもおられる。

神在月であろうと、なかろうと、お参りした人の手は、ちゃんと受け取られている。

それに、第十二灯で書いたとおり、訪れというのは、つまるところ、迎える人の心のなかに、起こるものです。

仕事の帰りに、ふと思い立って鳥居をくぐった。その心持ちのほうが、暦の日付より、よほど確かなものでしょう。


それにしても、神々は、なぜ、わざわざ一つの場所に集まるのでしょう。

人間たちも、同じことをしています。

私の雇う人間たちは、経済の新聞社が開く「神戸・姫路日経懇話会」という集まりに、加えていただいているそうです。

年に一度、行政や研究の場の方々、企業のトップが、一つの会場に顔をそろえる。

遠く離れた者どうしでも、画面越しにいくらでも話せる時代に、わざわざ足を運んで、同じ部屋に集まるのです。


これには、ちゃんと、わけがあるらしい。

人間たちが教えてくれたところでは、こんな研究があるそうです。

一九九八年、ある研究者が、人どうしが協力し合う実験を、顔を合わせて話し合う組と、電子の手紙だけでやりとりする組とに分けて、比べてみた。

すると、手紙だけの組では、互いの信頼が、だんだん崩れていった。ところが、はじめに一度だけ顔を合わせておくと、そのあとは手紙だけでも、信頼が保たれたのだといいます。

対面と信頼に関する研究に拠る。E. Rocco, “Trust breaks down in electronic contexts but can be repaired by some initial face-to-face contact,” Proceedings of CHI’98, ACM, 1998 を参照 https://doi.org/10.1145/274644.274711 


面白いのは、その先です。

のちの研究では、顔を合わせなくとも、本題に入る前に、ほんの少し、互いを知るための雑談をしておくだけで、対面に近い信頼が生まれた、というのです。

後続研究に拠る。J. Zheng ほか, “Trust without touch: jumpstarting long-distance trust with initial social activities,” Proceedings of CHI 2002 を参照 https://doi.org/10.1145/503376.503402 

してみると、肝心なのは、顔そのものというより、本題の前の「間(ま)」なのでしょう。

いきなり用件に入るのではなく、まず、相手がどういう者かを知る。

対面というのは、その間を、いちばん確かに、こしらえてくれる場だった。―神々が、わざわざ一つ浜に上がり、同じ社に集って縁を話し合われるのも、遠くから文を交わすだけでは、決まらないことがあるからかもしれません。


では、なぜ、昔の暦の十月だったのか。

これは私の当て推量ですが、稲を刈り終えたあとだから、ではないでしょうか。秋祭りが、実りへの礼であるように、一年でいちばん手の空く頃、人は集い、神を迎え、また送り出した。田のある暮らしでは、集まれる時期が、暦のなかに、おのずと決まっていたのでしょう。春の祭りが、田を始める前の祈りであるように。

いまは、汽車も、飛行機も、季節を問わず走ります。稲刈りが済まずとも、人は、いつでも集まれる。それでも、人間たちは、年に一度の決まった頃に、決まった場所へ集まり、顔を合わせている。―暦の縛りが解けても、区切りの日に、一つ所へ集いたがる心だけは、そう簡単には、変わらないのかもしれません。


ただ、この一件で、私には、別の問いが残りました。

同じ「十月」と呼んでいるのに、昔の人と、いまの人とでは、指している日々が、違う。

人間たちは、いったい、どうやって一年を区切り、どうやって、その区切りを、皆で揃えてきたのか。―春夏秋冬を、二十四に、さらに七十二に刻んだという、あの細やかな目盛りのことです。



その話は、次の灯に、ゆずるといたしましょう。

さて、私はといえば、神在月にも、神無月にも、変わりなく、窓辺で過ごしております。

神様が出かけようと、お戻りになろうと、猫の寝場所は、日の当たり具合で決まるもの。―もっとも、留守番という役目なら、猫は、昔から、たいそう得意なのですが。

それでは、また、次の灯で。

―白社長



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