なぜ、CG制作会社が防災をやっているのか
― 災害体験VRの現在地と、その先で私たちが考えていること
株式会社白獅子は、もともと防災の会社ではありません。3DCGとXRをつくる、制作会社です。
その私たちがいま、災害体験VRを全国へ貸し出し、消防機関との共同研究を続け、高校や大学で防災コンテンツの制作を指導しています。
「どうして制作会社が、防災を?」
自治体のご担当者からも、教育関係の皆様からも、企業のご担当者からも、同じご質問を数多くいただきます。本稿は、そのご質問への答えを発信します。
そしてもう一点、あわせてお伝えしたいことがあります。
災害体験VRは、いま確かに求められている。けれども私たちは、それだけでは足りないと考えているます。
その理由を、行政・学校・大学で防災に携わる皆様に向けて、率直に整理してまいります。
1. 私たちが持っていたのは、「つくる力」と「人が集まる力」でした
防災を志して起業したわけではありませんでした。
私たちが持っていたのは、3DCGで実在しないものを実在するように見せる技術、360度映像を撮影して空間ごと届ける手法、そして展示会で人の足を止めさせてきた運営の経験です。
あるとき、その道具の使い道が、たまたま防災にあることに気づきました。

火事の煙は、本物をお見せするわけにいきません。
津波も、倒れてくる家具も同様です。「本当に危ないものは、危ないから見せられない」—防災教育が長く抱えてきたこの矛盾に対し、私たちの本業はそのまま応えられるものでした。
もう一点、想定以上に大きかったのが「人が集まる」ということです。
防災講座に人を呼ぶのは、決して簡単ではありません。関心をお持ちの方はもともとご参加くださいますが、そうでない方には届きません。ところがVRゴーグルを一台置くと、防災に興味のなかった方が「なんだろう」と足を止めてくださいます。
防災に来たのではなく、VRに来た方へ、防災が届く。これは技術の高尚さではなく、単純な集客力の話です。
けれども現場では、この単純さがいちばん効くと私たちは認識しています。
2. 災害疑似体験VRは、いま確かに求められています。
率直に申し上げて、災害体験VRの引き合いは増え続けています。
弊社では数十台のVR機材を保有し、自治体・消防機関・学校・企業へ貸し出しています。
この秋の貸出枠は、すでにほぼ埋まりつつあります。
9月の防災週間と、年度後半の防災訓練の時期にご依頼が集中するためです。
岡山市消防局様とは、共同研究と機材のご利用が6年目に入りました。
消防局の職員の方ご自身が機材を携えて市内をまわられ、地域の自主防災組織、中学校・高等学校、看護を学ぶ学生の皆様へ、日々ご活用いただいております。
そうして体験された方は、延べ130,000名にのぼります。
そして、その効果を私たちは否定いたしません。
火煙が広がる速さ、視界を失う怖さ、水位が上がるときに体が動かなくなる感覚。
これらは言葉で説明するより、一度体験していただくほうが早い。
防災教育としても、企業のリスクマネジメント研修としても、災害体験VRは確かに役に立っております。
ここまでは、事業として成り立っている順調な話です。
3. それでも、「これで十分です」とは申し上げられません
けれども私たちは、この数字を見ながら、ずっと同じことを考えてまいりました。
体験していただいた方は、その後どうなっただろうか。
現場に立ち会っておりますと、体験直後の反応は本当に強いのです。ゴーグルを外された方が「怖かった」「家の家具を留めなきゃ」とおっしゃる。
その場は、確かに動いています。
しかし、私たちは、問題はそのあとにあると考えています。

体験の翌週。翌月。半年後。あの日「家具を留めなきゃ」とおっしゃった方のうち、実際に留められた方はどれくらいいらっしゃるでしょうか。
もちろん、私たちも手を打ってまいりました。
体験の後に記録用紙をご記入いただく、感想を残していただく、その場で指導を加える。こうした工夫は確かに大切であり、実際に多くの現場でご要望をいただきます。
ただ、率直に申し上げますと、それを付け足せば行動が続くようになる、と言えるほどの手応えは、私たちには、まだありません。
体験のあと、ご自身で備えを進めていかれるのは、もともと防災意識の高い方や、自主防災組織などの自発的に行動する方が中心です。 その方々の地域貢献は、本当に素晴らしいものです。
しかし同時に、その方々はVRでの体験がなくとも、おそらく備えておられます。
私たちがいちばん届けたいのは、そうではない層—防災への関心が薄い、最も人数の多い方々です。
その層に一度きりの体験だけをお届けしても、多くの場合、一過性で終わってしまう。これが6年間、現場に立ち会ってきた私たちの実感です。
(なお、この点につきましては体系的な検証を進めており、その結果は学会にて報告する予定です。本稿は、あくまで現場での実感として記いたします。)
4. 続いていたのは、「つくる側」に回ったときでした。
では、続いた事例はなかったのか。
それは、一点だけあり、その形を次に説明します。
続いていたのは、地域の方が自分たちで防災コンテンツを制作し、それを地域で見せていたときでした。
兵庫県立龍野北高等学校では、生徒の皆さんがご自身の通学路や町を調査し、危険な場所を洗い出し、避難行動を考え、それをVRとして形にする授業を継続されています。
完成した作品は、地域のお祭りや県のイベントにおいて、来場された方々にご覧いただきました。
そこで起きたことは、私たちの想像を上回るものでした。
防災にもVRにも関心をお持ちではなかった来場者の方が、「近所の高校生がつくったから」という理由で体験してくださる
体験のあと、家族と防災の話をしようと思った、とおっしゃる
卒業された生徒さんが、休暇を使って後輩の制作を手伝いに来られる(私たちがお願いしたわけではありません)
さらに、この授業は年度をまたいで継続しています。

一度きりの行事ではなく、「うちの学校の恒例」になったとき、それは続きはじめました。
毎年、新しい一年生が入ってくる→上級生が教える。
地域で見せる。卒業しても戻ってくる。
この輪が回りはじめることで、私たちがいなくとも続きます。
岡山大学のメタバース空間演習でも、愛媛大学との共同研究において中学生の皆さんに制作を指導した際も、同じ手応えがありました。
受け取るだけの防災は、その日で終わります。
つくって、誰かに伝えた防災は、その方の中に残ります。
そのため私たちは現在、「完成したVRをお届けする」事業と並行して、「つくり方そのものをお渡しする」事業に力を入れています。 要件定義の手順、チームの組み方、限られた時間の中で完成させるための進め方—制作会社が20年近く社内で用いてきた段取りを、はじめて制作に携わる、中~高校生が授業として扱える内容に分解し直したものです。
私たちがいなくとも、先生が、地域の方が監督し、同じ手順で進められる状態にする。
それが目標です。
5. なぜ「善意」ではなく、「事業」とするのか?
ここで、誤解を招きかねない点について、あえて記します。
私たちはこれを、ボランティアではなく事業として行っています。
対価をいただいています。 防災で対価をいただくことに、後ろめたさを感じたことがないわけではありません。
それでも事業にこだわるのには、以下の理由です。

善意で始まった取り組みが止まっていく場面を、私たちは何度も見てまいりました。
熱心なご担当者が手弁当で始め、素晴らしい成果が出る。 けれどもその方が異動される。機材が古くなっても更新する予算がない。次の担当者にとっては、引き継ぐ理由のない負担だけが残る。
ボランティアが尊くないのではありません。
ただ、続けるために誰かが消耗し続ける形は、いつか必ず止まります。
対価が発生し、予算に組み込まれ、だから翌年も手が入り、品質が保たれ、だからまた使われる。 この輪が回っている限り、担当者が代わられても続いてまいります。
弊社は現在、東京大学生産技術研究所の特別研究会RC-77「防災ビジネスの創造と育成に関する研究会」に4年前から参画しています。
防災を地域貢献としてではなく、現業のビジネスとして成立させることで、公助に頼りきらない自助・共助の仕組みを構築できないか—研究会が掲げてこられた問いは、まさに私たちが現場でぶつかってきた壁そのものでした。
その研究会での議論を土台として、地域でこの壁を越える事業を、いま進めています。
6. 行政・学校・大学の皆様へ。
お伝えしたい点を4つに整理いたします。
一つ目。
災害体験VRは、入口として非常に有効です。
関心のない方に足を止めていただく手段として、これに代わるものを私たちは存じません。まず一度、体験の場をご検討ください。
二つ目。
ただし、そこで終わらせないでください。
体験を年に一度の行事として置くのではなく、その次に何をするかを、体験を企画される時点でお決めください。
三つ目。
次の一手は、「地域の誰かが、つくる側に回る」ことです。
高校生でも、大学生でも、自主防災組織の若手の方でも構いません。
自分の町を調べ、伝える側に回った方は、受け取っただけの方とは残り方がまったく異なります。
四つ目。
それを、続く形に置いてください。
特別な行事としてではなく、既にある授業や、既にある業務の中に組み込む。
担当者が代わっても引き継げる手順にしておく。
この二点があるかどうかで、翌年以降続けっられるかどうかが決まります。
私たちにできるのは、そのすべてではありません。
けれども、以下の三点はお手伝いできます。
危険を安全にお見せする技術
制作の進め方を、手順としてお渡しすること
効果をどう測るかを、一緒に設計すること
技術的な知識は必要ごありません。 実際、これまでご一緒した先生方の多くは、VRの制作経験をお持ちではありませんでした。
おわりに
災害は、こちらの準備が整うのを待ってはくれません。
私たちが本稿を記しているあいだにも、どこかで地面は動いています。
だからこそ、完璧な計画を持つより、いま動き始めることのほうが大事だと考えています。
まず一度、体験の場をつくること。
そしてその次に、地域の誰かが、つくる側に回ること。
つくることを生業としてきた会社だからこそ、「つくる側に回った人は変わる」ということを、私たちは、一番よく知っています。
ご相談は、規模の大小を問わずお受けしております。 「うちの地域でもできるだろうか」という段階のご相談で構いません。 See,Change,Act!
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